大判例

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大津地方裁判所 昭和48年(ワ)173号 判決

原告

木村電工株式会社

右代表者

木村和樹

右訴訟代理人

川越庸吉

外二名

被告

日本道路公団

右代表者総裁

前田光嘉

同理事

栗田武英

右訴訟代理人

坂田治吉

外一名

主文

被告は、原告に対し五六九万二八二一円とその内金五一九万二八二一円に対する昭和四八年一二月一五日から、同五〇万円に対する同五四年一〇月二日から、いずれもその支払済まで、年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

この判決は、第一項につき仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一本件事故の発生

昭和四七年一一月二五日午前九時二〇分ころ、静岡県賀茂郡東伊豆町稲取を過ぎ同町白田に入る直前の地点の本件道路上(本件事故現場)において、落石が原因のバス転落事故が発生し、原告の従業員等を含む死者六名、重軽傷者二一名を出したことについては当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、本件事故現場は、静岡県賀茂郡東伊豆町白田宇子イバ一七二四番地の一地先にあたり、右バスは、下田方面から伊東方面に向けて北方に走行中の訴外谷良隆運転の明星自動車株式会社所有の観光バスであり、右落石は、同バスの進行方向左側の山中より落下してきた三辺の長さがおよそ1.5メートル、1.0メートル、1.0メートルの大きさの岩石(以下「本件落石」という。)で、これが同バスの前部に衝突したため、同バスはこの衝撃により右方に逸走し、本件道路の東側(海側)路側に設置してあつたガードロープの支柱をねじ曲げて路面外に出、路肩下の斜面に添つて約一五メートル下方の伊豆急行電鉄線路脇の空地に転落したものであり、前記の死傷者は、いずれも同バスに乗車していた者であることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

第二被告の責任

一本件道路の管理の瑕疵

1  本件道路及びその付近の土地の概況並びに本件道路の管理者

(一) 本件道路は、伊豆半島東海岸に存し、国道一三五号線の一部にあたり、全線が被告の東京支社東伊豆道路管理事務所(以下単に「被告管理事務所」という。)の管理下にある有料道路であつて、全区間三七キロメートルのうち下田区間(14.5キロメートル)は、昭和三二年一二月一二日に、熱川区間(9.5キロメートル)は、同三七年八月二九日に、本件事故現場を含む稲取区間(一三キロメートル)は、昭和四二年四月二五日に有料道路として供用開始されたものであり、東伊豆地方の住民の唯一の生活幹線道路であるとともに全国有数の海岸美を有する観光道路であつて、交通量が極めて多く昭和四七年における月間走行車輛数は二〇万ないし三〇万台に達していたこと、本件道路の存する伊豆半島東海岸は、天城山系の急峻な山がそのまま海に達する地形を示し、本件の事故現場付近においても高さ三二〇メートルに及ぶ急斜面がそのまま海中に没する地形となり、主に火山岩よりなる地質であること、以上の各事実については、当事者間に争いがない。

(二) 〈証拠〉を総合すると、本件道路は、昭和初期に開設された旧道を拡幅した道路であり、本件事故現場付近においては旧道を海側に拡幅して作られているので、山側の法面自体は、古い切取法面で、新しい切取法面よりは安定しているとみられるけれども、かなりの急傾斜で、その高さが一ないし一〇メートルであり、本件落石が落ちてきた場所の下方にあたる部分の切取法面の高さは2.50メートルであり、この切取法面に続く上方の斜面の傾斜は四五度ないし五二度であつて、この斜面上の直線距離にして64.4メートル上方の地点が落下前の本件落石の存在した場所(以下「本件落石所在地点」という。)であり、前記切取法面の上方の斜面の土地は、本件落石所在地点とその付近の土地を含め第三者の所有地であること、本件落石所在地点付近には、直径五メートルほどの大石塊を含む多数の石塊が浮石状態や埋没状態で存在し、本件落石も下部の最深個所で約三〇センチメートルだけが土中に入つていたものであるが、その場所から下方本件道路までの間においては浮石は殆ど存在しないこと、本件落石発生当時、その直接の原因となるような人為的な加力ないし風雨、地震等による自然状態の変化があつたことを裏付ける資料は存しないこと、本件落石所在地点付近においては樹木はさほどないが、その下方の傾斜面には、コガ、ハゼウルシ、クヌギ等の雑木が一面に生えているので、本件道路上からはその斜面上の石塊の存在状況を見ることができないこと、以上の各事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

2  本件道路の管理状況

(一) 被告が日本道路公団法により法人格を与えられた公共団体であること、被告は、昭和四六年七月、本件道路を含むその管理下にある道路につき危険箇所の点検を実施し、本件事故現場を、早急に何らかの防災工事を為すべき地点であることを意味する危険度Aの箇所に指定するとともに、同四七年三月頃までの間に、本件事故現場より伊東側五〇メートルほどの地点においては、高さ三メートルのコンクリート壁の上に高さ約三メートルの鉄製の、本件事故現場を含む地点においては、高さ2.25メートルの鉄製の各落石防護柵を設置したが、右鉄柵は切取法面から上方の自然状態の斜面(以下これを「上方斜面」という。)から生じた本件落石のような落石には何ら効果のないものであつたこと、本件事故以前五か月の間に本件道路において落石を原因とする三件の事故が発生していたこと、右三件の事故は、(1) 昭和四七年七月一六日午後一〇時ごろ本件事故現場より約一〇〇メートル伊東寄りの地点で乗用車が路上に落ちていた石を跳ね、右石が対向車に当り、両車に物損を生じた事故(以下これを「(1)の事故」という。)、(2) 同月二一日午後八時一五分(但し後記のとおり証拠上は同年四月二一日である。)、本件事故現場より約6.5キロメートル離れた賀茂郡東伊豆町大川四三番地先路上において走行中のバスが落下してきた大石塊の直撃を受けて海に転落し、乗客乗務員中一〇名が重軽傷を負つた事故(以下これを「(2)の事故」という。)、(3) 同年一一月七日午前一〇時頃、下田付近の本件道路終点部付近の地点で、歩行者が頭部に落石の直撃を受けて重傷を負つた事故(以下これを「(3)の事故」という。)であること、以上の各事実については、当事者間に争いがない。

(二) 〈証拠〉を総合すると、

(1) 被告は、本件道路全体を、被告管理事務所に所属する技師等技術担当者三名とその下に作業職と称する職員六名で管理し、右作業職職員によつて、第一巡回と称して一日に少なくとも二回自動車で本件道路の舗装面の異常及び法面の異常の点検を、第二巡回と称して一か月に一回徒歩による巡回をそれぞれ実施するとともに、梅雨時期や台風、集中豪雨、地震などの時には特別に巡回を実施していたこと

(2) 被告が昭和四六年七月に実施した本件道路の危険箇所の点検は、建設省の指示による全国の有料道路の危険箇所及びその状況について調査の一環としてなされたものであるが、本件道路についての右調査は、被告の東京支社補修課職員二名が主体となり、被告管理事務所職員三名が補助として計五名で実施され、前記Aランクの該当基準が一日の交通量三〇〇〇台以上、路面から上方の崖、下方の崖が一〇メートル以上あり、たびたび土砂崩れや落石のある場所であつたところから、本件事故現場付近は法面の高さが一〇メートル以上あり、強い雨が降ると法面の崩落の危険があることを主たる理由としてAランクに指定されたこと

(3) 本件道路のような道路の防災工事は、自然状態の斜面を切取つた法面の崩壊と、落石のそれぞれに対応する工事が必要で、このうち法面の崩壊防止法としては、斜面に植物を植える方法と、コンクリート又はモルタルを吹付ける方法、補助的なものとして金網により法面を覆う方法があり、落石の防止法としては、落石防護柵による方法、金網をひいて落石が路面に達しないようにする方法、上方の危険な石を固定する方法などがあるが、被告が前記点検に基づき、本件事故現場付近において設置した前記鉄製の落石防護柵につきその構造及び設置箇所を決定するにあたつては、被告の前記担当職員が切取法面の上方二〇メートルの地点まで登つて、その付近に浮石等が存在しないこと及び雑木が密生していることを確認し、またその場所から同所の上方にも灌木が密生しているのを見て上方斜面からの落石はないものと判断し、この確認及び判断の上に立つて、右切取法面及びその上方二〇メートル付近までの範囲のみから生ずることの予想される落石及び法面の崩壊等に対処するだけのものとして前記防護柵の構造及び設置箇所を決定したこと

(4) 前記本件事故前五か月間の本件道路における落石事故三件のうち、前記(1)の事故における落石は、大人のこぶし大の石塊が上方斜面から落下し、切取法面の石等に当つて、跳ね返り、防護柵を越えて本件道路に落下したものであり、前記(2)の事故は、昭和四七年四月二一日発生したもので、この際の落石は、直径が2ないし2.5メートルあり、これが高さ一〇ないし一五メートル、傾斜角度六〇ないし七〇度の切取法面内の上部から落下したものであり、前記(3)の事故では、三辺の長さ三〇センチメートル、二〇センチメートル、二〇センチメートルほどの石塊が高さ一二メートルの切取法面の上方三メートルの地点の上方斜面から落下したものであること

(5) 被告は、本件事故後、本件道路の路面より五〇ないし六〇メートル上方の山腹に本件落石のような落石にも耐え得る構造の落石防護柵を設けたこと

以上の各事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

3(一)  以上の各事実によれば、本件事故は、切取法面より約六〇メートル上方の第三者所有の山林内の急斜面に多数存在した大小の浮石中の一個の大石塊が落下したことによるものであるところ、被告は、浮石の殆ど存在しない切取法面及びそれに接する部分二〇メートルの範囲の上方斜面については調査を行つたが、それより上の上方斜面については何ら実施調査を行うことなく上方斜面からの落石の危険はないものと判断して、それに対応しうるだけの防護施設を設置しなかつたものであるが、前記のような上方斜面の形状と既往の事故の発生状況に照らすと、臨場調査をしないままに、上方斜面の上手に当る部分に落石発生の危険がないものと判断したことは早計であり、上方斜面全体を調査しさえすれば、右の斜面の上手に存在する多数の浮石を容易に現認することができるとともに、その落下の危険性をもまた十分に予測することができたものと考えられる。

(二)  国家賠償法二条一項にいう道路の設置または管理の瑕疵とは、道路が通常有すべき安全性を欠いていることをいうのであるが、本件落石のような直径一メートル以上の大石塊が頭上から落下するようなことは、少なくとも本件道路のような交通量の多い国道においては、通行人車の通常予測し得ない重大な危険であるから、本件道路が通常備えるべき安全性を欠き、その管理に瑕疵があつたものといわなければならない。

(三)  これに反して、被告は、本件事故以前に本件落石のような上方斜面からの落石の事実はなく、右斜面のような樹木の密生し、表土に覆われた自然状態にある土地からの落石は予見不可能であるから、これに対する防護施設がないとしても、本件道路の設置管理に瑕疵があるということはできない旨主張する。そこで、上方斜面からの落石の予見可能性について検討するに、前記2の(二)の(1)ないし(3)の各事実によれば、本件道路の危険箇所の調査及び防災工事の内容決定に当つた被告の技術職員は、被告主張の如く上方斜面からの落石が、それまでなかつたこと、切取法面の上方二〇メートルにまで立入つて調査をした範囲内では浮石等が存在しないこと、その付近及び更にその上方についても灌木が密生しているので落石防止の効果があると考えられることの三点を根拠に上方斜面からの落石はないものと判断したことが明らかである。しかしながら、本件事故前に上方斜面からの落石がなかつたとの点については、自然状態の山腹が切取法面部分よりも地表が安定しているであろうことは経験則上認めうるにしても、前判示2の(一)、(二)の(4)の各事実にある本件事故発生前の落石事故の内容に徴し、従前上方斜面からの落石の事実がなかつたとは到底認めることができない。被告調査地内の浮石については、被告主張の事実が認められるけれども、前判示1の(二)の各事実にある本件事故現場の上方斜面の状況は、この斜面の全面にわたつて浮石がないとの判断を裏付けるものとはいいがたく、他に右判断の支えとなる格別の状況も見当らない。樹木については、樹木の生育が土地の崩壊を防ぎ、その太さに応じた落石防止の効果を持つことは経験則上明らかであり、また前記判示1の(二)の事実のとおり本件事故現場の上方斜面には、かなりの灌木の繁茂していることが認められるが、それはあくまでも灌木であるから、前判示の急傾斜の上方斜面で発生が予想される大石塊の落石防止の効果はそもそも期待しえないものというべきである。したがつて、被告の主張する予見不可能の根拠は、いずれも不十分であるいとわなければならない。

また、被告は、本件落石が不可抗力であるとも主張するけれども、右判示のとおり上方斜面からの落石が予見不可能であるとする被告の主張は、これを採用しがたいものであるうえに、前判示2の(二)の(5)のとおり、被告は、本件事故後本件道路面から五〇ないし六〇メートル上方の上方斜面に本件落石のような落石にも耐え得る構造の落石防護柵を設けているのであつて、右のような防護柵を事前に設けていれば、本件落石が本件道路の路面に落下することは十分防止できたものと推認されるから、右被告の主張も採用することはできない。

4  本件事故が前記認定の本件道路の管理の瑕疵を原因として生じたものであることは、前判示の各事実より明らかである。

5  そうすると、被告は、本件道路の管理者として、本件事故につき、本件道路の管理の瑕疵に基づき生じた損害を賠償する責任を負わなければならない。

第三損害とその要賠償性

一従業員等の死傷

本件事故により、原告の従業員等及び原告専属の親方のうち、別表(四)記載の者らが同表の死傷欄及び傷害の程度欄に各記載のとおり死傷したことについては、当事者間に争いがなく、右負傷者の傷害の回復状況が同表の負傷者の回復状況欄に記載のとおりであつたことは、〈証拠〉によつて認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二1  原告が本訴で被告に対して賠償を求める損害は、原告の従業員等の死傷の事態に由来して原告に生じた損害であるところ、被告の前判示の責任の原因となる行為が死傷した原告の従業員等に対して成立していることを理由とする限りにおいては、原告は、まず、いわゆる間接被害者の立場で損害賠償の請求をしているものと考えられる。したがつてその損害は、いわゆる肩代り的損害(反射的損害)と固有の損害の両者に大別してその要賠償性を検討するのが相当である。しかして、肩代り的損害は、直接被害者が加害者に対して請求するならば当然に認容されるであろう損害につき、第三者が加害者の代りに被害者に支払つた場合に、第三者から加害者に求償を求める際に登場するものであり、本件では原告が木村あきの葬儀費として主張する損害等の一部の損害が一先ずこれに当るものであるが、かかる損害の賠償請求は、衡平の理念からも、実益からも間接被害者である右第三者の請求を認めて差支えがないものと考えられる。これに対し、固有の損害は、直接被害者からの請求としては認められない損害で、本件では原告が主張する損害の大部分が一先ずこれに当るものであるが、その要賠償性については、例外的に間接被害者からの慰謝料請求権を認める規定をおいてはいるものの、権利者を一般的に直接被害者に限定してはいないわが民法の不法行為の規定の体裁を根拠に、賠償権利者の範囲の問題も、要賠償の損害の範囲とともに、保護すべき範囲の確定の一内容として、すべて相当因果関係の判断に依拠させる見解が成り立つ。しかし、この見解を適用した結果は、法的安定性を著しく害するとともに、加害者に過大な責任を負わせることになる(とくに交通事故において間接被害者が企業の場合)からこの見解を採用することには躊躇せざるをえない。すなわち、明文はないけれどもわが民法の解釈としても賠償権利者たり得るのは、原則として、直接被害者のみであると考えるのであるが、ただそのように間接被害者の請求を例外なしに排斥するとなると、わが国においてすこぶる多く見られるところの個人経営の企業が、様々の理由から実態に変化のないままで法人成りしたため、実質的に個人と法人とが同一である場合にも、法人名が損害賠償を受け得ないこととなり、それで取引社会の実情にそぐわないことは明らかであるから、不法行為の被害者の救済を実効あらしめるため、この場合に例外を認めることは、必要やむをえない措置と考えられ、最高裁判所第二小法廷で昭和四〇年(オ)第六七九号事件につきなされた同四三年一一月一五日の判決の趣旨に従い、間接被害者である右個人会社の損害(間接的企業損害)の要賠償性を肯定すべきものと考える。

2 他方、原告は、被告の前判示の責任の原因となる行為が株式会社である原告の企業を構成する人的組織を直接侵害するところより、本訴請求の損害が生じたものと主張しているものと考えられ、その限りにおいては、原告は、直接被害者の立場で損害賠償の請求をしているものということになる。ところで、企業は、企業を構成する個々の財産、個々の役員ないし従業員との間の委任ないし雇傭等の個別的契約関係の単なる集積ではなく、かかる人的、物的要素を統合し、取引社会で活力を有する有機体であることはいうまでもなく、したがつて、企業の取引社会内における存在(組織)及び活動そのものに対する法的保護は、この点における企業権ないし営業権の法的構成に種々論議の分れるところではあつても、企業を構成する各個の人的、物的要素に対する法的保護とは別個に、考慮される必要があり、右論議もこの必要性を根拠付けるものでこそあれ、これを否定するものでないことは明らかである。ただ、法的保護の対象となる企業の組織及び活動そのものは、所有権や自然人の人格権のように、これに対する侵害が当然に違法と評価されるほどに明確かつ強固なものとはいえない。したがつて、個々の企業に対する侵害の具体的場合につき、右企業の組織及び活動の内容、侵害の態様、被害の内容及び程度等を総合的に勘案し、損害の公平妥当な負担の見地から、右侵害行為の違法性の有無を判断し、違法性ありと判定された場合に、右違法の侵害によつて生じた企業の損害(「企業損害」の用語が間接被害者としての企業の固有損害を指すものとして使用されるのが通例であるから、これと区別する必要上、直接被害者としての企業の固有損害を以下「直接的企業損害」ということとする。)の要賠償性が肯定されるものと考えられる。

3  よつて、以下、右の各見地に立つて、原告の主張する損害の要賠償性を検討する。

三肩代り的損害

原告が本訴で賠償を求めている各損害の主なるものは、いずれも原告が従業員の死傷したことにより影響を受けたと主張する期間の損害を、事業年度ごとに、逸失利益、維持管理費としてまとめて主張するだけで、右死傷の従業員等につき個別具体的な主張、立証をしていないのであるから、右従業員等にかかる肩代り的損害についてはこれを認める余地がないものといわなければならない。もつとも、原告が主張する右維持管理費中に、原告の従業員等中の一人で死亡した木村あきの社葬費用分の主張がなされ、右主張に副う〈証拠〉の結果があるが、社葬費用は社葬以外に個人として葬儀を行わない場合においては肩代り的損害として認める余地がないとはいえないけれども、本件においては、〈証拠〉によると、右社葬とは別にあき個人の葬儀のなされたことが、また〈証拠〉によると、あきの損害について、あきの相続人と被告との間に示談が成立し、葬儀費用についても三〇万円支払済であることがいずれも認められるから、これを肩代り的損害と認めることはできない。また、右維持管理費中に、負傷した和樹及び梭樹の各役員報酬の一部にかかる月額七九四〇円の損害が示されているけれども、〈証拠〉によると、右は同人らが原告から立替払を受けた同人らの健康保健料及び厚生年金掛金であることが認められるので、本件事故による同人らの損害とみることのできないものである。以上のほか、原告が右和樹に対して支払つた昭和四八年六月から同四九年三月までの間の未払給料して二五七万円の損害の主張もあるが、前判示の同人の負傷の回復状況に照らし、右期間内に同人に右未払給料に見合う額の損害が生じたものと認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠がない。結局、本件においては、死傷の従業員等の肩代り的損害となるべき損害が原告にあることを認めるに足る証拠はない。

四固有の間接損害((間接的)企業損害)

1  原告の法人としての実態が、請求原因1の「原告の会社概要」中において、会社設立の経緯及び構成、原告の業務内容、原告の本件事故前の営業状態として原告の主張する事実に見合うもの(但し、原告が和樹の個人会社であるとの点を除く。)であることについては、右主張に対する被告の認否欄にあるとおりの一部につき当事者間に争いがなく、その余の部分につき〈証拠〉を総合してこれを認めることができる(但し請求原因1の(二)の(5)のロ及びハの現場監督の工事資格及びその登録制度の点は、本件事故発生当時被告の奈良支店及び大阪南支店においては送電線工事に関する登録制度がなく(奈良支店は昭和四八年四月から実施)、大阪北支店においては同工事に関する登録制度があつたが無登録であつても工事の受注が可能であつたこと、和樹は、被告の各支店での、今井邦三は京都支店での工事資格を持つものでなかつたことが認められ、〈証拠判断略〉ほか、右の各証拠によると、和樹の個人企業が法人成りして原告となつたのは、法人組織の方が対外的に信用度が高いという関電の意見があり、また和樹らにおいて法人組織の方が、個人企業より格好が良いだけではなく、関電との取引において、個人企業であれば和樹に万一のことがあつた場合取引が断絶するが、法人組織にしておけば和樹に代る者が関電との取引を継続できると考えたことによること、原告の役員は、設立当初より事故直前まで代表取締役として和樹、取締役として和樹の父訴外木村兼造(以下「兼造」という。)及び梭樹、監査役としてあきが就任し、取締役会は、年に一回配当を決める際などに開き、年一割五分の配当を定め、和樹と親族関係のない株主には現実に配当金を交付していたこと、

以上の各事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右判示の各事実によると、原告は、その代表者である和樹の個人的色彩の濃い会社であることは明らかであるけれども、原告が和樹の個人会社として和樹に原告会社の機関としての代替性がないほどに原告の実権が集中していたものとも、まして経済的に和樹と原告とが一体をなす関係があつたものとも評価することはできない。原告の従業員等のうち和樹以外の本件事故による死傷者等が、原告との間に、経済的一体性、会社機関としての非代替性等原告のために固有の間接損害の要賠償性を肯定できる特別の関係のなかつたことは、右判示の各事実より明らかである。(なお、被告は、原告が本訴で原告が和樹の個人会社であると主張することは、訴訟上の信義則に反する旨主張するが、〈証拠〉によれば、本訴提起前、木村あきの本件事故による損害についての示談交渉において、原告代表者たる和樹らが、あきが原告の監査役として日常勤務していたことを主張したことは認められるけれども、それ以上に原告の個人会社性のないことを確言、主張したことを認むべき証拠はないから、右被告の主張は、その前提を欠き、採用できない。)

3  そうすると、原告には、その主張する損害を原告固有の間接損害として被告に賠償を求め得る要件を欠くものといわなければならない。

五直接的企業損害

1  被侵害利益とその侵害の違法性

(一) 前記三までに判示の各事実関係と以下の判文中に掲記の各証拠によつて認められる各事実から、認定、判断され得る事項は、次のとおりである。

(1)  株式会社である原告は、本件事故発生当時、会社の従業員等に対する福利厚生活動として秋の慰安旅行を実施中、本件事故に遭遇し、原告の人的要素である別表(一)のとおりの役員四名及び従業員一一名の計一五名よりなる人的組織がその中核となつている者一〇名の別表(四)のとおりの死傷により損傷を受け、そのため後記(2)のとおり、原告は、その営業活動を、六か月間ほぼ全面的に停止することを余儀なくされるとともに、その後も営業活動に支障を生じたものであるから、原告は、本件事故によりその人的組織が全体として、破壊されたものということができること。

(2)(イ)  原告は、関電専属の請負業者で、関電からの入札の呼びかけがあつた場合にこれに応じて落札した電気関係工事を行うものであるところ、〈証拠〉によると、原告は、本件事故当時既に原告が受注することに決定もしくは内定していた未着工の関電発注の工事を辞退し、その後同四八年五月末ころ関電(滋賀支店)発注の工事高八〇万七〇〇〇円につき入札の呼びかけを受けてこれを受注するまで、関電からの入札の呼びかけを受けることができず、そのため本件事故発生当時施工中工事(四件、工事高合計約一二〇〇万円)につき、他の業者の援助ないし代行の手当てを受けて関与したほかは一切の営業活動をすることができず、その後の営業活動についても何がしかの支障が生じたこと。

(ロ) 関電が原告に入札の呼びかけをしなかつた原因につき、被告は、原告が関電の内規に反して、原告の営業と直接関連する部門の関電の従業員を慰安旅行に招待したことに対する制裁として呼びかけが停止されたものである旨主張し、〈証拠〉によれば、原告が関電滋賀支店電路課(送電線の関係の職務を担当する課)の従業員二名を慰安旅行に招待し、右両名が死傷したことが認められ、この事実と電力会社として公共性の強い関電の性格とを併せ考えると、関電が原告の右従業員招待の措置を不快に感じていたことは十分推測できるところではあるが、しかしそのことから直ちに原告の営業に重大な損失を蒙らせる長期間の取引停止の措置を相手方である原告に対し内密にとる(関電から原告に対し右措置についての何らの言及のなかつたことは、〈証拠〉から明らかである。)ようなことは、かかる措置が劣弱な立場の下請業者間に周知の事柄であれば格別、そうでないことが〈証拠〉によつて認められるのであるから、関電としても、その前記のような会社の性格上、好んで採用する手段であるとは考えられず、現に被告の右主張を裏付ける証拠としては出所が必ずしも明確とはいえない伝聞証拠しかないのであるから、被告の右主張の事情は肯認しがたい。

原告の関電からの受注工事は、〈証拠〉によると、その大部分が関電の滋賀支店及び京都支店の発注にかかる送電線工事であることが認められるところ、右両支店では右工事の現場監督者につき資格認定登録制度を採用し、右登録資格を有する者の関与しない工事を認めない扱いをしていたこと、本件事故により原告の従業員等に生じた前判示の死傷者、就中、右両支店の登録資格を有する工事現場監督者全員及び原告の会社経営の中心人物である和樹の前判示のとおりの負傷により、原告は、右人的組織の破壊自体による制約はもとより、右被害に伴い生じたと推測される会社内の混乱の事態の収拾の必要により、関電からの受注工事の処理能力の大半を一時的にもせよ一挙に喪失したものと認められるとともに、右被害の実情と前判示の原告の営業の実態に徴し、原告が右処理能力を短期間内に回復することは困難であると容易に判断できる事情にあつたものと認められること、以上の事情を前提として考えると、原告代表者が本人尋問(第一回)において、原告が関電から前判示の期間工事入札の呼びかけを受けられなかつたのは関電が原告の工事処理能力に疑問を持つていたことによる旨供述するところは(その前後の供述内容の細目において首肯しがたい点がないとはいえないが)、十分な信用性があると認められるとともに、右関電側の措置に何ら不当と目すべき点がなかつたものと判断することができる。また、原告の前判示の営業の実態と被害の実情よりすると、原告が関電からの入札の呼びかけを受けなかつた時期に他の営業活動をしなかつたことも、この際やむをえないことであつたと判断し得る。

(ハ) 以上要するに、原告の本件事故発生後六か月間のほぼ全面的な営業活動の停止は、その後の営業活動上の支障とともに、本件事故によるものといわざるをえないこと。

(3)  原告が本件事故により人的組織を全体として破壊されたことにより原告に生じた損害は、六か月間のほぼ全面的な営業停止より生じた後記2に判示のとおり七〇〇万円の額を上廻るものであること。

(4)  被告の本件道路についての管理の瑕疵は、前判示のとおり、本件道路における既往及び周囲の事情から、本件落石所在地点及びその付近一帯の土地に対する臨場調査の必要性が格別の困難なく認織できるところと判断されるのに、これを怠つたため、右調査を実施しさえすれば、容易に予測しえたとおもわれる本件落石のような重大な危険を、看過放置したことに由来するものであるから、この瑕疵の発生由来を右瑕疵の発現態様そのものにみられる危険性の程度が重大であり、その性質が被害者にとつて不可避のものであることに併せ考えると、被告の本件道路についての管理の瑕疵は、かなり高度のものといわざるをえないこと。

(5)  原告は、本件事故発生について何らの責任がなかつたことはもとより、前記損害の発生拡大についても格別の落度がなかつたものであるのに対し、被告は、国家賠償法により無過失責任を負担するものであること。

(二)  原告が本件事故により損害を受けたその人的組織は、原告の存立及び営業活動にとつて不可欠のものであることはいうまでもなく、右人的組織全体が維持されて良好に機能することにつき有する原告の利益が、右組織を構成する各構成員と原告との間の個々の契約関係とは別個に、法的保護の対象となるものとみるべきことは、前記二の2に判示の理由から肯認できるところ、前項に列挙したとおり、本件事故により受けた原告の人的組織の損傷の程度が広汎かつ深刻であつたこととそのため受けた原告の営業活動上の打撃が原告の企業規模との関係で甚大であつた反面、原因惹起者である被告が法律上無過失責任を負担するものであるうえに、右原因である本件道路の管理の瑕疵がその態様及び程度において尋常のものでなかつたこと等に徴すると、右瑕疵による原告の前記利益の侵害は、右利益の特殊性を考慮に入れてもなお、それより生ずる損害を無填補で放置せられるべき性質のものとは評価しがたく、したがつて右利益侵害の違法性とともにそれより生ずる損害の要賠償性が肯定されるべきものというべきである。

2  損害との因果関係及び損害額

(一) 逸失利益

(1) 本件事故発生後六か月間の原告の営業活動の停止は、前判示のとおり本件事故に起因するものであるから、原告が喪失した右営業停止期間中の得べかりし利益は、すべて本件事故による損害とみることができる。もつともこれも前判示のとおり、原告は、右期間中でも本件事故発生当時既着工の工事に関与していた事情があり、厳格な意味では営業の全面停止とはいえないけれども、〈証拠〉によると、右期間中に原告が関与した各工事は、竣工直前のものであるかさもなければ、原告が他の業者の大巾な援助を得ていたものであるから、このことと前判示の原告の被害の実情とを考え併せると、原告の営業活動は、その収益性の点より右六か月の期間全面的に停止していたものと同視し得るものとみるのが相当である。

しかして、〈証拠〉を総合して認められる原告の本件事故前数年間の営業実績に照らすと、原告は、右営業活動停止の六か月間においても、本件事故による被害がなければ、四六年度収益である年間八六二万六九六五円を下廻ることのない率の収益を挙げ得たものと推認することができる。したがつて、原告の右六か月間の得べかりし純利益の喪失額は、四三一万三四八二円となる。

(2) なお、前判示のとおり、原告の営業活動は、本件事故による被害のため、右六か月間の経過後も何がしの支障を来していたものであるが、これによる損害額を確定するに足る資料はない(もつとも〈証拠〉によると、原告の昭和四八年度が約二五〇万円の赤字決算であつたことが認められるけれども、これは本件事故による前記六か月間の営業停止によるその間の新規受注工事皆無の事情によるところが大きいものと推測され(現に原告が関電からの入札の呼びかけを受けるようになつた同四八年六月以降の新規工事の受注高は、〈証拠〉によると前年の水準に及ばないまでも、次第に回復している事情がうかがわれる。)、この点は、前記認定の六か月間の逸失利益と重複するものというべきである。)。

(二) 維持管理費

(1) 一般に企業が営業活動を停止させられたことによつて蒙る損害の額は、その企業の基準時の売上高から基準時の経費額を控除した残額である基準時の利益額(原告のいう逸失利益に相当)だけで満たされることがない。けだし、営業活動の停止の事情があるにもかかわらず、企業としての存続を容認して、その損害の補填を図ろうとする限り、企業の支出する経費のうち営業活動の有無に拘わりなく企業の存続に不可欠な経費及びこれに準ずる経費は、これとその余の経費(営業活動に伴う経費)の合計額がその企業の基準時の売上高を超過しない限度で、補填されなければならないからである。原告が損害として主張する維持管理費の性格は、この趣旨のものとして是認することができる。

(2) しかして、原告主張の維持管理費中、期間の点については、逸失利益について判示したのと同様の理由により、前記六か月間についてはこれを認めることができるけれども、その後の分については企業活動低減の程度を確定しがたいところであるから、これを認めることができず、項目の点についてな、〈証拠〉により、別表第八に記載の項目の経費分が同表記載の金額において、原告の企業としての存続のため必要不可欠のものないしこれに準ずるものと認めることができる。これを敷延するに、役員報酬は、原告の取締役木村兼三に対する月額一六万円分であり、原告主張のその余の分(和樹、梭樹に対する各月額七九四〇円)は、〈証拠〉により同人らの健康保健料、厚生年金掛金の立替分であると認められること前判示のとおりであるから、これを除外することとし、給料手当及び法定福利費は、原告の従業員等中事務担当の五名のうち本件事故で負傷しなかつた女子事務員四名にかかる経費につき、原告の前判示の規模、業態等により、その二分の一(二名分)が原告の営業活動の有無にかかわらず必要のものと認めて、これを計上し、公租公課は、固定資産税、自動車税の、保険料は、原告使用の自動車の任意保険料の、賃借料は、原告の事務所と倉庫の借地料の、減価消却費は、原告所有の建物、営業用機械器具、車両運搬具等にかかるものの、各当該年度における年間支出分を基準にして月額を算定のうえ計上し、光熱費は、原告の事務所の電灯料を計上したものである。したがつて、右計上の経費中には、公租公課中の倉庫、自動車にかかる分、保険料、賃借料中の倉庫にかかる分、減価消却費中の営業用資産にかかる分のように、原告の営業活動の実施を前提とする経費で、純粋に企業の存立だけに不可欠の経費の範囲に止まらない経費も少なからず含まれているけれども、本件では、前判示のように原告が本件事故でその人的組織に大損傷を受けたとはいえ、その営業活動の停止が何年もの間継続するものと予測されていたわけではなく、したがつて、前判示のいわば営業の準備的経費の支出を押えようとすれば、右支出にかかる営業用財産を処分するほかなく、そうすると、程遠くない営業再開の際に、右支出を押えた経費の総額をはるかに上廻る営業再開費用の支出が必須のものとなることが、右営業用財産の性質と経験則上明らかな取引の実情によつて推認され得るところであり、右営業再開費用も相当因果関係ある損害といわざるをえないから、却つて損害を拡大する結果となることが予想される。そこで、前判示の各経費を原告の企業の存立に不可欠な経費に準ずるものと判断した。その余の原告主張の維持管理費は、いずれも右判示の範囲内のものと認めるに足る証拠がないので、これを認定することができない(なお、〈証拠〉によると、被告は、原告に対し、昭和四九年三月二〇日本件事故にかかる費用として、交通費、電話代等として、一一万四八七二円を支払つていることが認められる。)。原告が維持管理費に準ずるとする支払利息についてもこれと同様であり、和樹に対する報酬の追給分については、右報酬にかかる期間が前判示のとおり原告の六か月間の営業停止期間外のものである以上、この期間の逸失利益についての前判示の理由と同様の理由により、これを肯認しがたい。

(三) 結局、被告が原告に対して負担した本件事故による損害賠償責任における要賠償損害額は、七六九万二八二一円である。

六損害の填補

原告が被告から、本件事故による損害の填補として二五〇万円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがないから、同額を右損害額から控除すると、右損害額は、五一九万二八二一円となる。

七弁護士費用

本件事案の性質、難易度、原告請求の認容額等諸般の事情を考慮すると、原告の弁護士費用として被告に賠償させる額は、五〇万円をもつて相当とする。

第四以上の次第で、原告の本訴請求は、そのうち五六九万二八二一円及びこれから弁護士費用を除く五一九万二八二一円に対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四八年一二月一五日から、弁護士費用の五〇万円に対する本判決言渡日の翌日であること記録上明らかな同五四年一〇月二日から、いずれも右支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求部分は理由がない。

第五よつて、原告の本訴請求を、右理由のある限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担及び仮執行の宣言について、民事訴訟法八九条、九二条本文、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(井上清 大津卓也 小松平内)

別表(一)〜(八)〈省略〉

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